ポラロイドカメラ

僕が小学校5年生くらいのことだったと思う。父親がポラロイドカメラ買ってきた。抽象画家だった父親は、そのカメラで何枚か作業途中の自分の絵を撮ったりしていたようだ。それが何かの確認作業だったのか今となってはわからないのだが、少なくともその後すぐに西日が入るタバコの煙とテレピン臭いが充満するアトリエの隅で埃をかぶることになったので、あまり役には立たなかったようだ。

黒い安っぽいプラスチックのボディに父親の字で「ZINEN KOBO」とある。思い出す。この当時、父親は自分のアトリエを確立しようか模索していたのではないかと思う。突然、近所の子ども等に絵を教えると言い出したのもこの頃で、「ZINEN KOBO」はその教室の名前だったかもしれない。ぼくはもちろん第一号の生徒だった。他には僕の保育園時代の幼なじみ2人だけ。何日もかけてみんなでつくった大きなモザイク画が父親の展覧会に混ぜて展示されたような記憶があるが、それ以外の記憶は全くない。

やがて高校生になったぼくはこのカメラを拝借して色々撮るようになった。悪友と遊ぶ時も、恋人といる時も(今の妻)、東北や沖縄に一人で「旅」に出かける時も持っていった。今でもたまにその頃の写真がひょんなところから出てきたりするので、父親よりは活用していたのではないかと思う。そして、今もそのまま僕の手元にあるというわけだ。

このポラロイドのおかげか、僕は19歳で写真の道を目指して写真の専門学校に進学するわけだが、学校に意味を見出せずすぐに生き方を変えてしまった(学校は悪くない。その当時の僕は、カメラマンになりたかったわけではなく、写真を使ったアートをしたかったに過ぎなかったのだから)。今年、僕は42歳になる。40を過ぎてから「原点回帰」を欲する僕がいて、また部屋の隅で埃をかぶっていたコイツに目がいくようになった。

「ZINEN」とは「自然」と書く。調べてみたら「じねん」と読む場合、「本来そうであること。」という意味があるそうだ。奇しくも「原点回帰」と重なる。父親も、あの頃そんなことを思っていたのだろうか。思えば、あの時の父親の年齢は38か9のはずだ。純粋で正直で絵の道に一途だった父親は自分より少し早く同じ問いを持ったのかもしれない。

またこのポラロイドカメラで少しずつ何か撮ってみようと思っている。「ZINEN」に導かれているのかもしれない。オヤジは何を写そうとしていたのだろうか。

それにしても、ポラロイドカメラのフィルムはずいぶん高いですね。貧乏学生にとっては一枚入魂だったのではないかと。その研ぎ澄まされた狩のような感覚を取り戻すだけでもリハビリになりそうです。

写真・文|長嶺俊也 Shunya Nagamine
(LOBBYオーナー兼クリエイティブディレクター)